おしらせ
2020/09/24 17:29
福島泰宏 さん・福島律子 さん
ふくしまやすひろ ふくしまりつこ
沖縄県国頭郡今帰仁村謝名697‐3
Youtube : 沖縄:芭蕉紙 バナナネシア
芭蕉布の原料栽培から織り、染めまで全工程を自ら手がける「染織工房バナナネシア」さん。ご主人の福島泰宏さんは糸芭蕉の栽培と芭蕉布の製作、奥様の律子さんは紅型(びんがた)染をされています。
そんなお2人が手がけているのが「100%芭蕉紙」。2011年10月下旬、お2人の工房に弊社の元スタッフ、伊藤がお邪魔し芭蕉、沖縄、伝統工芸など多岐にわたるお話を伺った、とても力のこもった取材記事の再掲載です。
「男の人はやったことないよ」最初は断られた芭蕉布修行
泰宏さんの織った芭蕉布。さらっとした手触りと自然な色合いは品がありとても涼やか。 | |
伊藤 | 沖縄へはお2人で移住されたんですか? |
泰宏 | そうそう。結婚してすぐ大宜味村に来たんです。移住する1年前から空き家を探して。 |
伊藤 | ご出身はどちらでしたっけ? |
泰宏 | 私は埼玉です。 |
律子 | 私は宮崎。主人とは東京で出会いました。 |
伊藤 | 26年前、芭蕉布の生産として有名な沖縄県大宜味村に移住されたのですが、なぜ芭蕉布づくりの道へ進もうと思われたんですか? |
泰宏 | もともと琉球の伝統工芸に興味を持っていて、住みたいなぁと思っていたんです。 そのためには仕事をしなきゃと。そんな中で芭蕉布に目がとまりました。 一つの集落で最初の工程から最後の工程まで完結している。そういう生活に密着して仕事している所に魅力を感じて、「この仕事いいな」と思いました。 最初は断られたんです。「男の人は芭蕉布やったことないよ」って。 でも、後継者育成事業は受けられなくても、地域の年配の方に教わればいいと思っていたので、そのまま地域の方に教わりました。 |
伊藤 | それで、平良敏子さん(※1)ともご縁ができたんですね。ちなみに、糸芭蕉の収穫時期はいつごろですか? |
泰宏 | 基本的には年中取れますよ。でも刈り取りには冬が適してます。4~8月は成長時期だから。 |
チング巻き状態の芭蕉の糸(手前)と糸枠(奥) | |
伊藤 | 糸紡ぎにはどれくらいの時間を割いていらっしゃるんですか? |
泰宏 | 1年のうち7割は糸を紡いでる。 |
伊藤 | 7割も!!お正月も休まずにお仕事をされているという事ですが… |
泰宏 | 最近はもうお正月はないよね(笑) |
律子 | お正月は行くところもないし、お家にいるし、みたいな(笑) |
泰宏 | 芭蕉布以外の仕事も入ってきてるからね。 |
律子 | パリコレの三宅一生さんに生地提供させてもらったり。 |
泰宏 | 他にも(新しい仕事の予定が)あるんだけど、今はまだ内緒という事で(笑) |
伊藤 | じゃあ今後の展開を楽しみにしています(笑) |
糸芭蕉の実。食用バナナ(実芭蕉)の実と、味も形も似ているが、 | |
※1 | 平良敏子(たいらとしこ)氏。人間国宝。沖縄県大宜味(おおぎみ)村喜如嘉(きじょか)生まれ。戦争で途絶えた芭蕉布の技法復興に力をつくし、その普及に努めてきた。琉球王朝時代の意匠や染め織りの要素を取り込むなど、今もなお、芭蕉布の新たな可能性を追求している。 |
色挿し、隈取の色によって雰囲気が異なるのも紅型の面白さ。
伊藤 | 紅型は型が同じでも、挿す色を変えるだけでがらりと雰囲気が変わりますね。 |
律子 | そうそう。私も同じ型で染めているけど、季節やお天気なんかによって挿す色は替わります。そこがまたいいの。 |
伊藤 | 移住された当時、紅型はされていたんですか? |
律子 | 移住当時はまだですね。 紅型を始めたのは10年くらい前。有名な紅型工房の先生にカルチャーセンターで教わったんです。「もうちょっとやりたいな」と思って次に別の先生に教わって、そこでは型彫りから、紗張り、色の配合も教えてもらって。それからしばらくしてハガキに染め始めたんですよ。その時はカルチャーセンターで教わった先生にも聞きに行ったりして。 そして2年くらい前に工芸指導所へ1年間通って一通りマスターしたという感じです。それでまた安心してモノが作れるようになったんです。 |
芭蕉紙に紅型を施す。色挿しをしているところ。 | |
伊藤 | 実は、紙に紅型が挿せると思ってなかったんです。水元(お湯につけて糊を落とす作業)の時に紙が溶けるんじゃないかと心配で。紅型の指導所では紙に挿すこともあるんですか? |
律子 | 指導所でもありますよ。官製はがきも結構丈夫なんです。さすがに芭蕉紙はいなかったけど、月桃紙に挿す人は多かったですね。 |
伊藤 | 芭蕉紙と布地では、紅型を挿す時何か違いますか? |
律子 | 自分の場合は布に挿す時とやり方を変えてます。本来、隈取(紅型の大きな特徴で、色挿しの終わった柄に濃い色でアクセントをつけ、立体感を出す)の筆は女性の髪で作った物が最高なんですけど、紙だと腰が強すぎて毛羽立っちゃうんです。だから敢えて柔らかい毛でやってます。仕上げの水元は気にすることないですよ。お湯の中で「ふぁーっ」と糊が取れていきますから。繊維が粗いと、繊維自体が剥がれた時に色まで落ちるので、そこは気をつけています。 |
伊藤 | 最近は芭蕉布にも紅型を挿していらっしゃるとか。 |
泰宏 | それが一番の望みです。僕としても僕が芭蕉布を作ってそれに染めてもらえたら一番いいので。できれば県内の紅型の人に買ってもらいたいという想いがあるんです。 |
律子 | モノとしてはすごくマッチしていて、芭蕉布に紅型は最高にいい感じに仕上がるんです。でも芭蕉布は高価というのもあって。でも「芭蕉布に染めた帯がほしい」というような要望はあると思うんですよ。 |
伊藤 | 紅型に携わる方で、芭蕉布に踏み出す方があまりいらっしゃらないんですね。 |
泰宏 | 紅型の高い技術を持っている人なら、良質な素材にその技術を使ってほしいんですよ。 |
律子 | もったいないですよ、上手な人が織りムラのあるような麻布に染めているのを見ると。これが芭蕉ならもっといいのにと思うんですよ。私たちももっと宣伝しないといけないんです。私が芭蕉布に紅型を挿していたら、他の人も触発されて使うかな、なんて思ってやっています(笑) |
芭蕉のいのちを無駄にしない~非木材の紙~
芭蕉布、芭蕉紙の原料となる糸芭蕉の木。葉は食用バナナのそれより小さい。
伊藤 | 芭蕉紙を作るきっかけは? |
泰宏 | 芭蕉布を作る工程の「苧剥ぎ(うーはぎ)」「苧引き(うーむぎ)」の中で、布には使わない繊維部分が残るんですが、それを原料として何かできないかと考えました。元々沖縄には芭蕉紙の伝統があったんですが、自分たちは紙漉きは手探りで始めたのでごく紙づくりはごく原始的ですね。でも、それがいいと言ってくださる方もいらっしゃいます。芭蕉100%の紙はウチだけじゃないかな、自分のところで糸芭蕉を栽培してますからね。 |
律子 | 芭蕉は非木材ですから、この亜熱帯地域で木を伐採せずに紙ができるというのはエコですよ(笑) |
伊藤 | 確かにエコですね!!ところで「ねり」(※1)は何を使用されているんですか? |
律子 | ハイビスカスです。 |
伊藤 | ハイビスカス!? |
律子 | はい(笑)色々試してみたんですけど、ハイビスカスの葉と木の皮の「ぬめり」を使ってるんです。古い文献にもあるんですよ。 |
バナナネシアの紙漉きには欠かせないハイビスカス。
伊藤 | すごい!島にあるものだけで作られているという所も素晴らしいですよね。 |
律子 | ありがとうございます。原料はもう手近なものでやってますから(笑) |
伊藤 | 紙漉きの道具はどうやって入手されたんですか? |
律子 | 漉き桁は和紙漉きの現場で撮影した写真を大工さんに見せて、こんな風に作ってってお願いして作ってもらったんですよ。 |
伊藤 | 和紙でつかう「ねり」はトロロアオイなのですが、夏の暑い時期は粘性が長時間持ちません。こちらはいかがですか? |
律子 | 夏場だと半日でねりが弱くなって原料が沈殿し始めます。沈殿するというか流れてしまうので、溜め漉きだと残らないんです。最初はどうして「ねり」が必要なのか分からなかった程なんですけど、身をもって分かってきた訳です(笑) |
伊藤 | 本当にゼロからのスタートだったんですね。 |
泰宏 | こういう風に紙を出すようになってから、県内の工芸品店の方からもほしいと言っていただけるんです。でも量産できるものではないので、やむを得ずお断りすることもあります。オーナーの熱意も伝わるんですよ、「すぐにでも頂戴」っていうね。在庫を沢山持ってたら出すのも惜しまないんだけど、いかんせん沢山できないものだからね。 |
律子 | でも、お店から「あと○枚しかないから次またお願いします」と言われるとほっとしますね。オーナーさんが「これが好き」って言ってくれると安心して託せるんです。自分も腕が上がってきているし、紙も上等(沖縄の言葉で良いということ)になってきているので、作って、置いてもらって、売れて、というルートで行くのが理想かなって思って。だから、やっぱり「買ってよかった」と思ってもらえるものを作らないといけないと思って。これ使えないという物は少なくしていかないといけないと思ってます。 |
伊藤 | 工程的にも、紅型に時間がかかるんですね。 |
律子 | 紅型って、どの段階でもバッチリとなればいいんですけど、最後の水元が終わるまでは、どうかなぁという不安もあるんでね。 |
名刺サイズの芭蕉紙を漉く。余分な水分を圧搾しているところ。
泰宏 | こういうので紙を売り出したのもここ1年くらい前からなんですよ。それまでは、自信がないというより、紙漉き専門でやってる方がいらっしゃるから、その方達と対等に、というのが申し訳ないという感じで。でも、紙漉き専門の方の製品とはバッティングする事がないんですよ。 |
律子 | もう見た感じが全然違うんです。うちの製品は「原始的な紙が好き」っていう方しか買わない紙なので(笑)。その辺りは洗練された紙とはまた違う。そういう意味では似ていないんです。 |
泰宏 | 首里で芭蕉紙を漉いている安慶名(※2)さんは、コツコツまじめな方でね。安慶名さんも奥さんが紅型挿していらっしゃるんです。安部榮四郎さん(※3)に師事して、沖縄の和紙を復活させた勝さん(※4)という方がいらっしゃったんですが、その奥さんも安慶名さんの紙に紅型を挿しているんですよ。私達と同じハガキサイズで安慶名さんの紙に挿しているけれど、金額が全然違うんですよね(笑) |
律子 | 雰囲気が全然違うんだよね。古典柄で。 |
泰宏 | 落ち着きは全然違うね。芭蕉紙に紅型を挿しているのはこのお2人とウチの3名だけだと思いますよ。 |
シーサー柄の型置きを施した芭蕉紙。キュート!
※1 | 「ねり」とは紙漉きに欠かせない粘剤。紙を漉く際、原料繊維を水中にむらなく分散させる作用がある。 |
※2 | 安慶名清(あげなきよし)氏。那覇市首里の「蕉紙菴」において故勝公彦氏の技を受け継ぎ、芭蕉紙・琉球紙の魅力を伝え続けている。 |
※3 | 安部榮四郎(あべえいしろう)氏。出雲和紙の人間国宝。明治時代に途絶えていた琉球紙再興に尽力した。 |
※4 | 勝公彦(かつただひこ)氏。神奈川県出身。沖縄に移住し芭蕉紙の復元に取り組んだ。1987年、40歳の若さで急逝。 |